2011/08/10 にアップロード

人工地震(地震兵器)は太平洋戦争中にもすでに存在した。
米軍B29から撒かれた毛筆で書かれたビラ
「地震の次は何をお見舞いしましょうか」は、
明らかに彼らが意図的に起こした人工地震であることを、
如実に物語っている。
また、地震波形にも注目!
(もっともこれは観測地点の震源からの距離にもよるだろうが・・・)

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「ナチス・ドイツは1942年の時点で、
既にウランの核分裂に成功していた」という
証言を含むドキュメンタリー(伊語)を見た。

この中で実際に1944年の11月にナチス・ドイツが行った
「新型爆弾の爆破実験(まるで核実験としか思えない)」および、
ゲッペルス自ら、「我々ナチス・ドイツは1942年には既に
ウランの核分裂に成功していた」と言ったという証言がある。

また公式にはマンハッタン計画の最後、
「トリニティ実験=原爆実験 (1945/7/15)」でもって
人類初の核実験に成功したことになってはいるが、
この実験で使われたのは「プルトニウム型(長崎型)爆弾」。

実はウラン型(広島型)に較べて、このプルトニウム型は
起爆構造が大変に複雑で、その為、開発が遅れており、
45年7月にようやく完成して実験にこぎつけ、
翌8月に長崎投下となる。
しかしここでハタと気が付くのは、
「じゃあ広島型は、もっとずっと前に完成していたんじゃないの?」ってこと!

となると、プロジェクト・シールも
通常爆弾ではなく核爆弾(試作品?)が使われた可能性も出てくる。