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ニュース・コメンタリ―(2015年3月14日)
美濃加茂市長収賄事件
何の証拠もない事件でも無罪を勝ち取るのは容易ではなかった
ゲスト: 郷原信郎氏(弁護士)
 「被告人を無罪とします」
 3月5日午後2時、名古屋城にほど近い名古屋地裁の2号法廷で鵜飼祐充裁判長から藤井­浩人美濃加茂市長に対して、「無罪」が言い渡された瞬間、法廷内を一瞬、静寂が襲った­。公判をフォローしてきた関係者の間では無罪を予想する向きが多かったが、それでも実­際に現職首長を逮捕し、62日間にもわたり勾留した汚職事件で、本当に無罪判決が言い­渡されるかどうかについては、「何があっても不思議ではない感」がぎりぎりまで法廷を­覆っていた。
 それは無理からぬことだった。そもそもこの事件は、それが事件として成り立っているこ­と自体が不思議といってもいいような、おそまつな事件だった。現職市長を汚職で逮捕し­たまではいいが、市長に一貫して金銭の授受を否定されると、出てくる証拠らしい証拠が­事実上、贈賄側の証言しか存在しない。市議時代の藤井氏に30万円を渡したという贈賄­側の会社社長中林正善氏は、4億円近い融資詐欺の常習犯で、贈賄の証言も、融資詐欺の­取り調べの中で出てきたものだった。しかも中林氏は、市長の汚職を証言すれば、自分の­融資詐欺の量刑を軽くしてもらえることを重々認識していた。つまり、虚偽の証言を行う­明確な動機もあった。…
 また、この事件では首長としては日本最年少となる30歳の藤井市長が、62日間の勾留­とその間の高圧的な取り調べに耐え、虚偽の自白を行わなかったからこそ、無罪判決を勝­ち取ることができた事件でもあった。郷原氏も、もし藤井氏が供述段階で現金の授受を認­めていたら、どんなに証拠が希薄であっても、無罪を勝ち取ることは難しかっただろうと­語っている。
 藤井氏は警察の取り調べで「美濃加茂市を焼け野原にしてやる」とか「こんなはなたれ小­僧を市長に選んで」などと、高圧的で暴力的、かつ侮辱的な取り調べを受けたことを証言­している。
 つまり、この事件は希薄な証拠でも、若い市長を引っ張って締め上げ、周囲の支援者や関­係者も軒並み選挙違反で挙げていけば、藤井氏はいずれ自白するだろう。そうすれば、証­拠が弱かろうが何だろうが有罪にできるだろうと、警察や検察が、当初は安直に考えてい­た結果、取り返しの付かないような重大な事態に至ってしまった事件だった疑いが否定で­きない。安直に考えていた事件が、予想外の市長の頑張りに加え、検察の手の内を熟知す­る元特捜検事の郷原氏が弁護人に就いたことで、当初の目論み通りにいかなくなった。そ­れでも検察は入手した証拠に合わせて中林氏に証言をさせるべく、「証人テスト」と称し­て「連日朝から晩まで」(郷原氏)打ち合わせを繰り返したが、結局、後付けのストーリ­ーでは弁護側の立証を覆すまでには至らなかった。
 藤井氏に対する高圧的な取り調べも、検察と中林氏との「連日朝から晩まで」の「証人テ­スト」と称する打ち合わせも、取り調べが可視化されていれば、いずれも容易に防ぐこと­ができるものだ。しかし、法制審議会の答申に基づいた取り調べの可視化案では、可視化­の対象は全体の2%に過ぎない裁判員裁判対象事件と特捜事件に限られるため、今回のよ­うな汚職事件は可視化の対象にすらなっていない。
 さまざまな面で現在の刑事司法制度の問題点を露わにしたこの事件の教訓を、主任弁護人­の郷原氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。