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イラスト/びごーじょうじ  ※享年(数え年で表示)
diamond online より引用
http://diamond.jp/articles/-/79632

 貝原益軒は江戸時代中期の儒学者。その学問領域と残した著作の幅は広く、幕末に来日したシーボルトは「日本のアリストテレス」と賞賛した。83歳の時に書き残した健康指南書の『養生訓』は現在でも読み継がれている名著だ。

 1630年に筑前・福岡に生まれた益軒は虚弱な子どもだった。外で遊べない幼少期が書物と向き合う時間をつくり、父から医学や薬物、食物の性質などを学んだことが晩年、世に送り出す『養生訓』のベースになった。

 益軒は日常の中で食を重視していた。それは『養生訓』全8巻のうち2巻を飲食に充てていたことからもよくわかる。具体的には「薄味」「脂っこいものは避ける」「なま物、冷たい物、かたいものも禁物」「汁物は一種類、肉も一品に、おかずも一つか二つくらいにとどめる」といったものだ。他に「腹八分を心がけること」など驚くべきことに現代の栄養指導とほぼ同じである。益軒の食生活は野菜中心だったようで、そのあたりにも江戸時代に85歳まで生きた理由があった。

 ちなみに『老いてますます楽し 貝原益軒の極意』という本の著者、山崎光夫氏はこの腹八分精神は益軒の『養生訓』がベストセラーになったことで庶民の間にも定着したものだ、と推察していている。当時、武士の食習慣が変わり、1日3食になったことが影響しているという。この時期さらに1日4食を習慣とする武士たちも現れ、また元禄時代は今でいうグルメブームだったこともあり、益軒はそうした流れに歯止めをかける意味で腹八分を提唱したという。
 かといって益軒は“べからず”ばかりの堅苦しい人間ではなかった、と前述の山崎氏は解説する。

「みづから楽み、人を楽まめて、人の道を行はんこそ、人と生まれるかひ(甲斐)有りて」

 81歳の著作『楽訓』の一節である。『養生訓』が体の健康書なら『楽訓』は心の健康書。どちらも人生の本質を楽しみとする哲学で貫かれている。「益軒にとっては、長命は目的ではなく、“楽しむ人生”のための一つの手段だった」と山崎氏は言う。

「怒ってから食事をしてはいけない」「心配事をしながら食べてはいけない」「体を動かし」「心を平静に」「毎日に楽しみを見つける」

 そんな当たり前のことが書かれた『養生訓』は300年前の知恵の宝庫。現代は当たり前のことがわからなくなる時代だ。時々は深呼吸するような気持ちで古い本を開きたい。昔の人たちがいろんなことを教えてくれる。

※参考文献/『老いてますます楽し 貝原益軒の極意』山崎光夫著