2019/01/12 に公開

https://www.videonews.com/ マル激トーク・オン・ディマンド 第927回(2019年1月12日)
ゲスト:鈴木利廣氏(弁護士) 司会:神保哲生 宮台真司  

1999年は自衛隊や日米安保体制のあり方を再定義した周辺事態法のほか、盗聴法や国旗・国家法など、一連の「ガイドライン法制」が成立した年として、後の日本の政治や社会の針路に大きな影響を与えた年だった。日本の歴史における一つの分水嶺といっても過言ではないだろう。  
実は1999年は医療の世界でも、歴史的に大きな意味を持つ年だと考えられている。  
その年は横浜市立大患者取り違え事件、都立広尾病院消毒薬誤注射事件と、高度な医療を行っていると思われた病院で起きたケアレスミスによる深刻な医療事故が相次いで起き、大きな社会問題となった。その後、安全な医療を提供する体制作りや患者の権利などが確立されていく、医療においても一つの大きな分水嶺となった年で、医療安全元年ともよばれる。  
その医療安全元年からこの1月でちょうど20年が経つ。  

その間、厚労省に医療安全推進室が設置されたほか、医療法が改正されて医療機関に安全管理体制の整備が義務付けられ、3年前には医療事故調査制度が起ち上がるなど、より安全な医療が提供される体制の整備が進み、少しずつではあるが患者の権利が尊重されるようになってきた。  
数々の医療事故や薬害エイズ訴訟・薬害肝炎訴訟など、過去40年あまり多くの医療訴訟に患者側弁護士として関わってきた鈴木利廣弁護士は、20年前の2つの医療事故以降、世界的な流れから少し遅れながら、患者が安全な医療を受ける権利や自己決定権、学習権といった基本的な患者の権利が認識されるところまで辿り着いたと、感慨深げに語る。  
そして今、安全な医療と患者の権利を確立する上で重要な到達点となると鈴木氏が位置づけるのが、医療基本法だ。今年2月には超党派の議連が発足することになっており、早ければ年内の制定が期待されている。  
医療基本法は日本国憲法が保障する基本的人権としての患者の権利の確立と、あらゆるステークホルダーの責任と権限を明示するもの。具体的には憲法の理念に沿って、その行政分野の政策理念と基本方針を示すと同時に、その方針に沿った措置を講じることを求める。基本法は医療過誤事件や薬害事件が発生するたびに制定され強化されてきた医療関連の個別法の親法に位置づけられるため、個別法に基本法と矛盾する点があれば、国会にはそれを是正する義務が生じる。  

医療事故や薬害の被害者の弁護人として長年、医師や医療機関を相手どり訴訟を起こしてきた鈴木氏は、医療基本法の制定によって、患者と医師が対立する立場からぞれぞれが正義を主張する「正義の取り合い」の関係から、両者が互いに信頼し協力しながらより安全な医療を実現していく修復的正義の実現へと移行していくことに期待を寄せる。  これまでは医療事故が起きた時、刑事訴追を怖れる医師や病院側は積極的に情報を出そうとせず、結果的に被害者側は刑事告訴をする以外に事故の真相や原因を究明する手立てがない状態に追い込まれることが多かった。  
しかし、応報的・懲罰的な正義を目指す従来の刑事司法的なアプローチでは、真の和解や癒やしが得られにくいことに加え、医師の側にも真の贖罪意識が芽生えにくかったり、被害者の側も、仮に裁判に勝っても納得できないことが多い。応報的正義では真の和解や癒やしは得がたいことがわかってきたのだ。  
被害者と医師の対立を前提とせず、コミュニティを巻き込んだ対話の中から被害者には補償と癒やしを、医師側には責任と贖罪意識を促し、社会復帰をサポートすることを目指す修復的正義の追求は、医師と患者とコミュニティの三者が一体となって、より効果的に医療の安全を促進できる可能性がある。  
また、医療分野で修復的正義が実現すれば、他の司法分野にもその効果が波及することが期待できる。もともと修復的正義の考え方が司法制度の中に組み込まれ実践されているニュージーランドやカナダは、先住民と後から入植してきた白人の間の和解に修復的司法が大きな役割を果たした。現在では多くの犯罪で、被害者と加害者、そしてコミュニティの和解や癒やしに、修復的司法が貢献しているという。  

不幸な医療事故を受けて始まった、国をあげての医療安全確立への取り組みから20年目を迎える平成最後の年に、鈴木氏と医療安全の現状と修復的正義の可能性などを、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

【ゲスト・プロフィール】 鈴木 利廣(すずき としひろ) 弁護士 1947年東京都生まれ。
69年中央大学法学部卒。76年弁護士登録。薬害エイズ事件被害者弁護団事務局長、医療問題弁護団代表、薬害オンブズパースン会議代表、医療問題弁護団代表、薬害肝炎全国弁護団代表などを歴任。2004年明治大学法科大学院教授、17年より同大学学長特任補佐を兼務。
著書に『患者の権利とは何か』、編著に『医療事故の法律相談』、『医薬品の安全性と法』、『医療基本法』など。